第11話 漢方専門医への道

漢方を学ぶきっかけは末娘の病気
 精神科医として再スタートを切ってしばらくは、ひーこ先生も通常の精神科医の先生方と同様に、患者さんにはご本人の精神障害の症状に合わせた西洋薬を主に処方していた。今でも精神科の薬物療法としては西洋薬が一般的で、漢方薬はあくまでも補助的な使用に限られている場合が多いが、当時は漢方薬を処方する精神科医は非常に少なかった。
 転機は今からおよそ30年ほど前。ひーこ先生の末娘が風邪をひいたため、風邪の諸症状に処方する漢方薬を飲服用させたが、状態がかえって悪化。たまたま漢方講演が開催されたため、講演後に講師の先生に指示を仰ぎ、直ちにその薬の服薬は止めたが、漢方服用により間質性肺炎を引き起こしており、一歩間違えば重篤な状態になるところだった。
 日本では、1967年から漢方製剤の保険適用が開始し、医師免許があれば他に特別な資格がなくても漢方薬を処方することが可能であるが、本場中国では漢方を専門的に取り扱う中医師免許があるほど、漢方は奥深いものである。漢方処方の難しさを自身の娘への処方を通して痛感したことで、ひーこ先生は本格的に漢方処方の勉強を始めなければと強く思った、という。

専門医の取得を目指す
 日本東洋医学会や漢方製剤会社をはじめとする漢方処方の研修を積極的に受け始めたひーこ先生だったが、単に学ぶだけでは満足しなかった。上述の末娘の件でお世話になった講師の先生が、京都では漢方に非常に詳しい先生だったこともあり、疑問に思うことや迷うことがあれば直接先生に問い合わせて教えを乞うた。
 患者さんの診察にも積極的に漢方薬を処方するようになり、西洋薬でなかなか治癒しない患者さんが漢方服用により、見違えるほど笑顔になっていく姿を多く目にした。そのなかには漢方系の研究誌に研究報告をした症例もあり、多くの経験を積んだ。そして、学び始めて約10年後、漢方専門医を取得する。それは、京都の心療内科・精神科医では極めて稀であった。ただ、とくに女性の場合、漢方処方により体の不調だけなく、心の不調も改善に向かうという確信があった。
 ひーこ先生にとって、漢方処方はいまだ学習途上だという。漢方は奥が深いと日々痛感するという。さらに勉強を進めて、専門医となって20年を経過した今からでも少しでも成長しようとしている。様々な治療を受けてもなかなか改善しなかった患者さんから「良くなりました」と笑顔で報告してもらいたいと願いながら。