第12話 ちょっとした反骨心

開業後数ヶ月は閑古鳥が鳴
 ひーこ先生が昨年11月末に心療内科・精神科クリニックを新規開業してから、いつの間にか半年近くが経とうとしている。患者数ゼロからの出発だったため、数ヶ月はクリニックも閑古鳥が鳴いていた。口コミや紹介で来院する患者さんも、いつ来ても他の誰にも合わないなあ、と不思議に感じていたかもしれないが、患者さんが少なかっただけである。
 その頃、周囲からは早くも、辞めておいたほうが良かったのでは?とか、閉院・撤退するタイミングをそろそろ考えた方が良いといった声も聞こえてきた。診療報酬も少なく、余剰資金もないため広告も出すことが出来ず、ホームページ作成を依頼する費用もなかった。ひーこ先生自身も、”半年か一年で閉院することになるのに開院すること自体、無責任ではないのか”という言葉を直接投げかけられたこともあった。身近な人から「大人のごっこ遊びだね」と冗談ぽく言われもした。

心配や不安とは上手く付き合っていくしかない
 90歳で開業するなんておこがましいのではないかという気持ちを元々持っていたひーこ先生だけに、そのような言葉を聞いて、一時的には気分が落ち込んだ。やはり辞めておいたほうが良いのかと考えもしたが、辞めて他に何かしたいことがあるわけでもなく、コロナ禍で苦しむ人たちのために自分自身が少しでも役に立つことが出来たらという想いは消えない。“周りの声なんて気にせず、お母さんのことを待っている人たちがきっといるから、その人たちの方を向けばいいんじゃない”という娘たちからの言葉に背中を押され、心配や不安とは上手く付き合っていくしかない、出来ることを精一杯やるしかないと、ひーこ先生は考えたという。

閑古鳥の声ではなく、患者さんの声がする診察室
 周りのサポートでホームページも無料で作成してもらい、色々な病院検索サイトの協力も得て、ネット上で情報が出るようになると、開業後4,5ヶ月経ったころから少しずつ患者さんが増え始めた。コロナ禍で心療内科を受診する患者さんが増えたのか、他の心療内科・精神科クリニックで予約が取れないからという理由で仕方なく来院された患者さんもいらっしゃったかもしれないが、ネット上のひーこ先生の顔写真を見て、その笑顔に安心してお越しになる方もいた。
 開業から半年経った現在、閑古鳥が鳴くことはなくなった。目の前の患者さんが話す内容に対して、声の調子やテンポ、表情、雰囲気、そしてこれまでの人生経路などを気にしながら、一生懸命に耳を傾けている。時々、ひーこ先生は、何気なく“半年か一年で閉めることにならないようにしないとね”という言葉を口にする。ひーこ先生の中に宿るちょっとした反骨心から発せされるように思える。